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歴史評価の大転換

久間発言は間違っていない。辞任の必要はない。

久間的意見の、原爆投下で戦争は終結した、という立場は、少なくとも、私が日本史を勉強した20年くらい前は、普通に言われていた議論だ。多くの日本人が、このアメリカの立場を支持していた。
日本は、それまでに何度も降伏のチャンスがありながら降伏してこなかった。外地も沖縄も壊滅的。しかも東京は大空襲を受け、更に軍需工場のある広島・長崎も攻められたことでやっと終戦を決断した。
広島・長崎に原爆が落ちていなければ、軍部は更に戦争を進め、更に多くの犠牲者が出ていた可能性が高い。軍部に終戦を決意させたのが広島・長崎への原爆投下だった側面は否定できない、と、私は、多くの人から嘗て聞いてきた。

それが、今回の久間発言ではあっさりと辞任に追い込まれた。これは、嘗てのアメリカ的歴史解釈を受け入れていた日本人が、日本人による歴史評価を生み出した瞬間なのだろう。
だとすれば、議論するべき話で辞任する話ではない。
歴史評価は変わる。戦後の「一億総懺悔」も恐らく今主張したら非難囂々だろう。同じような物ではないか。何となく時代が変わり、無意識に歴史評価が変わっていく。

被爆者への冒涜というが、一億総懺悔の思想も、多くの死者を考えての物。原爆投下による戦争終結論も、他の地域の死者及び、これから死者が生み出されないで済んだ事への安堵感。その人が被爆者であるように、別の人は身体障害を他の地域で持つことになった、更に家庭環境や社会的地位も変わった。軍部の暴走を、恐怖を理由に許したのも自分たちだから総懺悔する、外圧とはいえ、民主化する結果になったのだからアメリカには感謝する。
末端とはいえ、当事者責任がないわけではない、というのが嘗ての歴史観だった。
軍部への恨みと、民主化をさせてくれたアメリカ、鬼畜米英と言っていた嘗ての自分たち、しかし、自分たちも軍部の末端として多くの人をアジアで殺した。その複雑な思いがあるから言える言葉だと思っていた。

それを今の世代が受け入れるかどうかは別の話。だが、学生に知識として紹介する話として違和感のある話ではない。
だから、久間大臣自身も、辞任を納得していない。「参院選への影響を考えて」決断した。
地元に帰れば、多くの被爆者がいて、嘗ての多くの日本人の解釈であったことは誰もが知っているし、その解釈を紹介したことは、間違ってはいないことは確信を持っているし、だから、ほとぼりが冷めればまた追求されない時代が来ると思っている。その通りだろう。今、辞任すると言うことは、一時の問題として風化させてしまうと言うこと。今、この時期に辞任しないでじっくり議論していくことが必要だったのではないだろうか?

議論しないで久間大臣を辞任に追い込んだ事は問題だと思う。

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